04 入学式
 
 
 
 
 
「………ふぁ」
 

間の抜けたあくびを漏らし、シンは目の端の涙をぬぐう。
気を抜くと、今にも夢の世界に入り込みそうだ。
 

春のうららかな陽気に、父母会か何かの会長の間延びした声。
 
どうぞ眠りなさい、とでも言われている気がしてならない。
 

どんな式にも必ずある、偉い人達の祝辞。
 
シンは今、それを聞いている最中だった。
 

自分たちが祝われている。
自分たちが本日の主役。
 
そんなことは百も承知だ。
 

しかし、しかしだ。
 

「………眠いもんは、眠いんだよなぁ………」
 
パイプ椅子に委ねた体がずれゆくのを感じつつ、シンは力のない声でぼやいた。
この父母会会長の話の前に理事長が話をしていたが、その理事長は少し風変わりの様子で。
中々興味深い話を、短く簡潔にしてくれた。
なので、眠くはならなかった。
 

だがこの父母会会長は典型的なタイプのようで、大して面白くもない――とても失礼な言いまわしだがシンには気を配る余裕はない――話を長々としてくれていた。
なので眠気が徐々に膨らんでしまい、今に至る。
 

シンは嘆息しつつ、横目で隣を見遣った。
 
金の髪がさらさらと揺れ、細い肩が上下に規則正しく動いている。
 
「……熟睡………」
 
ぽつんと、シンは呟き乾いた笑みを漏らした。
 
隣の席で睡魔からの誘いに素直についていっているステラに、羨ましさと緊張の入り混じった気分になる。
 

変に脈を打つ心臓に危険を感じ、シンはステラから視線をずらした。
 
内心では寝顔を覗きこみたいところだが、もしその瞬間目が覚めてしまい怒られたら嫌だ。
というよりも。
寝顔を見てしまったら、入学式どころじゃなくなってしまう気がするからだ。
 
高校生活のスタートはきちんとしよう、とシンは心に刻みつけた。
 
 
 
眠気やら何やらとシンが格闘しているうちに、父母会会長の祝辞が終わったようで。
 
入学式は終わりを迎えた。
 

硬い声の司会が入学式の終わりを告げると、途端に生徒や保護者たちがざわめき出す。
それを静めようとするかのごとく、すかさず司会者が
 
「この後、本校生徒会によるオリエンテーションを開きます。保護者の方々で午後からの父母会に参加されます方は父母会議室へ。それ以外の方はお気をつけてお帰り下さい。新一年生は席に座ったままでいて下さい」
 
というアナウンスを流した。
 
それに従い、保護者一同は各々引き上げていき、出席していた一般の二・三年生は教室に戻っていった。
 
残された新一年生たちも言われた通り席からは離れずにいたが、口を閉じることはなかった。
ざわざわと、周囲の者同士で喋り出す。
 
シンは大きく伸びをして椅子に深く座りなおすと、首をぐるぐると回した。
 
「うー……眠かった………」
「うんうん、よく寝なかったわね。偉いわよ、シン」
 
そんな言葉と共によしよーし、と後ろから頭を撫でられ、シンはむっと眉を寄せる。
渋面で肩越しに振り返って
 
「子供扱いするなよっ、ルナ!」
 
ななめ後ろの座席に座るルナマリアに文句を言った。
ルナマリアはぺろっと舌を出し、片目をつぶる。
 
「はいはい。そうやってすぐに怒るところが子供なのよ」
「………」
「というか、あんたそろそろステラ起こしなさい」
「…………あ」
 
隣で、ステラは未だすぅすぅと眠っている。
 
さすがにオリエンテーションは起きておくべきかと思うので。
 
シンは慌ててその肩を揺さぶり、声をかけ始めた。
 
その様を面白そうに見ながら、ルナマリアは静かに座る隣の席の男子、レイに話しかける。
 
「ねぇ、レイ。シンってば絶対…………って、えぇ?」
 
何かを言いかけ、ルナマリアは目を丸くした。
怪訝そうに眉を寄せ、レイの顔の前に手をかざす。
 
それをぶんぶんと振ってみながら
 
「レイ、レイレイレイ――――」
 
と名前を連呼してみるが、反応はなく。
 
規則正しく肩が上下に動くだけだった。
 
レイはステラ同様、眠っているようだ。
 

うっそー………こんな絵に描いたような優等生君が式で居眠り!?
理事長の話の時は起きてたわよね。
つまり自分が興味ない話は無視するタイプ?
 

そんなことを内心で思いながらルナマリアはしばらく呆気にとられていた。
 
しかし、ふいにぷっと吹き出し、眠りこけるレイを瞳に移しながら
 

「こいつ………面白いかも」
 
とぽつりと呟く。
 
入寮日に出会ってから初めて、ルナマリアは少しだけレイ・ザ・バレルという人間に興味と好感を抱いた。
 
 
 
 
 

ごしごしと、寝ぼけ眼をこするステラを見ながら、シンは安堵の息を漏らす。
 

ステラは一度寝たら中々起きない性質らしく、声をかけても揺さぶっても起きてはくれなかった。
だが放って置けるはずもなく。
シンは根気強く声をかけ、揺さぶった。
 
その努力あって、ステラの緋色の瞳は現れてくれた。
ぼぅっとしたその瞳に見つめられた時は少し心臓が危なかった気はしたが、何はともあれ起きてくれてよかった、とシンは思う。
 

「シン…………」
 
ふと、ステラがシンを見上げた。
とろんとした目をしているが、多分眠たいからではなく普段からこういう表情なのだ。
 
シンはん?と首を傾げて見せる。
 
「なに、ステラ」
「今から………何があるの……?」
「オリエンテーションだよ」
「オリエン、テーション………?」
 
ってなに?
 
とでも言いた気にステラは目を瞬かせた。
 
「えーと……なんか生徒会の人達がやるって言ってたけど…………まぁ、説明会みたいなもんだと思う」
 
自身もいまいちよくわからないらしく、シンは曖昧に言う。
ステラふーんと頷き
 
「ねぇ、シン………」
「え?」
「眠っても、いい…………?」
「………だめ」
 
 

ぷくっと膨らんだステラの頬が可愛らしかった。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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