04 クラス分け
 

朝食は一番簡単なものを注文した。
トーストに目玉焼き、サラダ。
それらを口一杯にほお張り、牛乳で流し込む。
 
ほぼ一気に牛乳を飲み、ぶはっと息をついた。
 
「ごちそうさまでした!」
 
食堂のおばさんに勢いよくトレーを返し、踵を返す。
 
「シンちゃん、気をつけて行くんだよー」
 
そんな声が背中にかけられる。
入寮して三日。
シンはなぜか食堂のおばさんに気に入られていた。
 
いつも(無駄に)元気なのがおばさん的にはいいらしい。
 
子供扱いを受けているのを少しも不快に思わず、シンは肩越しに振りかえりながら大きく頷いた。
 

「行ってきます!」
 

現在八時三十五分。
 
 
 
 
 
肩にかけた鞄を盛大に揺らしながらシンは通学路を、初日から走っていた。
 

「こんなんじゃ先が思いやられるなー………」
 
深いため息をつきながら、シンはぼやく。
 
「俺の高校生活、大丈夫かな………」
 
出鼻を挫かれ、すっかり先行きが不安になってしまった。
もう一度深くため息をつく。
 

全速力で走っていると、すぐに学校の校門が見えてきた。
歩いて五分の場所なので、走ると三分もかからない。
 
予定とは違うが、まだ余裕はある。
 
ほっと安堵しながら校門をくぐり、シンはきょろきょろと辺りを見回した。
 
どこかにクラス分けの掲示板があるはずだ。
 
「あ、あった」
 
校門からすぐの所に、ぽつんと立てられた掲示板があった。
時間が時間なので、皆もう教室に入ったのだろう。誰もいない。
 
安心したのも束の間なことで、シンは慌てて掲示板に向かった。
 
「シン・アスカ、シン・アスカ………」
 
ずらりと並べられた生徒の名前から、自分の名前を探す。
意外と、すぐに見つかった。
 
「あ、俺A組だ」
 
Aなので、見始めてすぐ名前があった。
シンはよしっと頷き、駆け足で校舎に向かう。
一年生は三階に教室があるので、階段を上り廊下に出た。
 
「A組は………一番端か」
 
まぁ、Aだしな。
 
と呟き、シンは早歩きで――さすがに廊下を走るのは気が引けるので――廊下の端を目指した。
 
教室の前まで来ると、足を止め無意識に深呼吸する。
 
新しい教室、新しいクラスメート。
 
胸が高鳴るのを感じながら、シンは教室のドアに手をかけた。
遠慮がちにそっとドアを開けると、滑り込むように教室に入り、後ろ手でドアを閉めた。
 
ほぅと息をつき、シンは教室を見回す。
 
もうすでに周りの者に溶け込み、楽し気に話す者もいれば、そわそわと落ち着きなく椅子に座っている者もいる。
四月の新学期独特の光景だ。
 
その中で大人しく机に座り、一人本を読むレイの姿を見つけシンは駆け寄った。
 
「レイ!」
「………シン、間に合ったのか」
 
本から目を放し、レイはシンを見遣る。
椅子に座るレイの傍に立ち、レイを見下ろす形のシンは、レイの薄い反応に軽く頬を膨らませた。
 
「お前、普通に俺を放って行ったな」
「当たり前だ。お前が遅いのが悪い」
 
すぐに下りて来いと言ったはずだ。
 
レイは嘆息交じりに言い捨て、再び本に目を戻した。
それっきり黙ってしまったレイに、シンは表情を渋くする。
 
「そうだけどさー………」
「シン、あんたが悪いんだからこれ以上ぶつぶつ言うんじゃないわよ」
 
情けないわね。
 
と、ふいにそんな毒づきがレイの隣から響いてきた。
シンはレイを押しのけその隣を覗くと、ぎょっと目を剥く。
 
「ル、ルナ!?」
「はぁい」
 
ひらひらと手を振ってくるのは、ルナマリア・ホーク。
シンとは同じ中学出身である。
 
「お前もAだったのか」
「そうよ、あんた掲示板でクラスメートも確認しなかったの?」
「え、う、うん………」
 
どうせ知らない人ばっかりだと思ってたし………
 
とシンは頭を掻く。
ルナマリアはやれやれと息をついた。
 
「あんた相変わらず他人に興味ないわよねー」
「そうかな?」
「そうよ。まぁ……この朴念仁よりはマシだけどね」
「朴念………あ」
 
シンはちらりと、レイを横目で見遣る。
そしてルナマリアと目を合わし、こいつ?と目で問うた。
ルナマリアはこっくんと頷く。
 
「さっきからこっちが何話しかけてもあぁ、とかそうだ、とかだけ」
「まぁ、レイだし………」
「あんた、こんな奴とルームメートって、息つまらない?」
 
あけっぴろげに言うルナマリアに、シンは乾いた笑みを浮かべた。
 
「別に俺は平気。レイはいい奴だぞ」
 
まだ入寮してからの三日だけの付き合いだが、シンはレイをそれなりに気に入っている。
無口で無愛想、ルナマリアの言う通り朴念仁だが、何だかんだで優しいし面倒見もいい。
 
「ルナもそのうちレイを気に入ると思う」
「ふーん………」
 
机に頬杖をつきながら、ルナマリアはやる気のない様でレイを見た。
自分が話題になっていることに気付いているのかいないのか――多分気付いていないのだろう――レイは表情一つ変えずに本を読んでいる。
 
ルナマリアははっと笑った。
 
「そのうち、っていうのは遠い未来のようね………」
 
あたしとは気が合いそうにないわ。
 
そう言って、反対隣に顔を向けたルナマリアに、シンは苦笑する。
すると、ふいにルナマリアがあ、と声を上げた。
 
「そう言えば知ってる?」
「何を?」
「クラス分け、寮生は自分のルームメートと同じクラスになるらしいのよね」
 
シンやレイと同じく、ルナマリアも寮に入っている。
 
「そうなんだ。何で?」
「さぁ?同じクラスのほうが色々便利だからじゃない?」
「なるほど」
 
だからレイが同じクラスなのか。
そうか、そうか。
 
シンは納得したようにうんうんと頷く。
そんなシンに、ルナマリアがにやっと、口の端を持ち上げた。
 
「シン、シン」
「え?」
「あたしのルームメート、覚えてる?」
「ルナの………?確か……」
 
三日前、入寮してすぐにレイ共々呼びつけられ、ルナマリアとお互いのルームメートを紹介し合った。
その時ルナマリアが連れて来たのは………
 
「ステラだ」
 
入寮日に偶然一緒に寮へとやって来た少女を思い出し、シンは無意識に頬を緩める。
 
三日前ステラとは惜しんで別れた小一時間後に、ルナマリアの紹介で再び顔を合わすこととなった。
まさかステラがシンと中学からの友達であるルナマリアと同室になるとは考えてもいなかった為、シンは驚きつつ、内心は心弾ませていたのを覚えている。
 
「で、それがどうかしたのか?」
 
首を傾げるシンに、ルナマリアは馬鹿、と息をつく。
 
「だから、ルームメート同士は同じクラスになるって言ってるじゃない。つまりあたしがこのクラスにいるってことは………」
 
ルナマリアがこのクラスにいる。
すなわち、同室であるステラも………
 
「このクラス!」
「当たりー、よかったわねぇシン」
「あぁっ!………って、え?」
 
よかった?
 
いや、確かによかったのだが、なぜルナマリアに………
 

シンが怪訝そうに眉を寄せると、ルナマリアは意地の悪い笑みを満面に浮かべた。
 
「あんた、あたしが気付いてないとでも思った?」
「は?」
「ステラがあたしのルームメートだって知った途端、自分がどんだけにやけた顔してたか、覚えてない?」
「に、にやけ………?」
 
ひくっと頬をひくつかせるシンに、ルナマリアは大きく頷く。
 
「ほんっと、幸せそうな顔してたわ、あんた」
「う、嘘だ!」
「嘘じゃないですー」
「お、俺別にそんなつもり……」
「そんなつもり?どんなつもり?」
「………っ!」
 
シンは顔を真っ赤にしながら、口をぱくぱくとさせた。
ルナマリアはにっと笑い、シンを追い払うように手を振る。
 
「ほら、さっさと席に着きなさいよ。もうすぐ先生来るわよ」
「………」
 
軽くルナマリアを睨みつけ、シンはふんっと踵を返した。
 
なんだよ、ルナの奴!勝手に誤解して………!
 
心中で文句をたれながらシンは荒い足取りで座席表のある教卓に向かう。
その背中に、ルナマリアが声をかけた。
 
「そうそう、シン」
「………なんだよ」
 
振りかえらず、シンはむくれた声で返事を返す。
ルナマリアは至って明るい声で言った。
 
「あんた、ステラの隣の席だからねー」
 

盛大な音をたて、シンは前のめりに滑り転んだ。
 
 
 
 
 
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