01 入寮
 

シンと、シンが先程出会った少女・ステラは寮に向かって黙々と道を進んでいた。
 
黙々。
 
その字の通り、二人は言葉を交わさず歩いていた。
 

二つの足音のみが響く中、シンは表情を苦くする。
 

俺って、つまんないかな………
 

心の中で呟き、深いため息をつく。
 
シンは好きで無言でいるのではなかった。
何か言いたいのだが、上手く言葉にできないのだ。
 
二人で歩き初めた頃はシンもたわいない質問をし、何とか会話を盛り上がらせようとした。
しかし、ステラの反応はとても淡白なものだ。
 
例えば、どこの中学出身か、と尋ねると。
 
「地元の公立中学」
 
で終わる。
 
例えば、寮ってどんなところかな、と言ってみると。
 
「行ったことないからわからない」
 
で終わる。
 
例えば、桜綺麗だったよな、と笑いかけてみると。
 
こくり。と頷きが返ってくる。
 
そして終わった。
 

他にも色々言葉を思い浮かべてみたが、口にする前に消えてしまう。
 
そのまま、無言となった。
 

………俺って、つまんない………
 

シンは自分のボキャブリーのなさを呪った。
呪いながら、やはり黙々と歩く。
 

ふいに寮への道を進む二人を、風が優しく撫でた。
 
春の穏やかなそれは、花のよい香りを運びシンの鼻腔をくすぐる。
 

「……気持ちいいなぁ………」
 
あまりの心地よさに、シンは思わずそう口をつく。
しかしすぐにあ、と口を手で塞いだ。
そのままちらりと隣を見遣ると、緋色の瞳とかち合う。
 
じっとステラがシンを見ていた。
 
「………気持ちいい?」
 
そう言ってちょこんと首を傾げる姿は幼い子供のように無垢で、とても可愛らしかった。
シンは頬が熱くなるのを感じながら、何とか
 
「……う、ん………」
 
とだけ答える。
ステラはゆっくりと瞬きをし、うんと頷いた。
 
「わたしもそう思う………」
 
気持ちいいよね…………
 

ぽつりと呟くようで、それでいてはっきりとした言葉、声。
 
それがシンには風よりもずっと心地よく、優しく感じられて………
 
妙に、気恥ずかしくなってしまい、シンはうつむいてしまった。
 
そしてまた黙々と二人並んで歩く。
 
だが先程とは違い、速くなる鼓動を感じながら歩く道のりは苦しくとも、決して嫌ではないとシンは感じていた――――――
 
 
 
それから数分歩いたところに、寮はあった。
門のところに、『私立 種定高校 学生寮』と書かれた札が貼りつけられている。
 
シンはボストンバックを担ぎなおし、よしっと気合いを込めた。
隣を見遣り、
 
「行こうか」
 
と笑いかける。
ステラが小さく頷き、手に持ったボストンバックを持ち直したのを確認すると、シンは何となく慎重に、寮の敷地内へ一歩を踏み出した。
 

入ってすぐのところに並んで建てられている二つの建物があった。
多分、男子寮と女子寮だろう。
 
すぐ隣に建てられているのは、シンにとって少し意外だった。
 
二つの寮の前まで来て、二人は立ち止まる。
シンは寮を見上げながらへぇ、と小さく声を上げた。
 
「結構綺麗だなー」
 
どちらの建物もまだ新しく、古く見ても築4、5年といったとことだろう。
向かって右の建物は赤茶色で、左の方は白い。
 
これから三年間過ごす場所として、外見に文句はなかった。
 

「でも、どっちが男子寮なんだ?」
 
小首を傾げながら、シンは腕を組む。ステラもぼぅっとした表情で、寮を見比べていた。
 
そんな二人に、ふいに声がかけられた。
 

「君たち、もしかして入寮者?」
 
突然響いた声に、シンとステラは揃って振り返る。
 
目に入ってきたのは、一組の男女。
まだ少年と少女だが、二人ともシンやステラより少し年上と見受けられる。
 
「え、あ、はい。そうですけど………」
 
シンがこくりと頷くと、二人はやっぱり、と顔を見合わせ笑った。
 
「じゃあ、君がシン・アスカ君で………」
「あなたがステラ・ルーシェさんですわね」
 
少年がシンの名を、少女がステラの名前を言った。
それに今度はシンとステラが顔を見合わせる。
 
「あの、どうして俺たちの名前………」
 
戸惑うシンに、少年はにっこり笑って見せた。
 
「僕の名前はキラ・ヤマト。男子寮の寮長なんだ。それから」
 
少年、キラは少女に目を向け
 
「彼女はラクス・クライン。女子寮の寮長だよ」
 
キラに紹介され、ラクスはシンとステラに柔らかく微笑みかける。
 
シンは寮長、という言葉に目を丸くした。
 
「りょ、寮長………?」
 
ってことは、先輩だ!
 
と気付き、慌てて姿勢を正す。
 
突然固くなったシンに、キラはくすりと笑いを漏らした。
 
「そんなに緊張しないでいいよ。それでね、さっきの名前のことなんだけど………これ、何だと思う?」
 
そう言いながらキラが掲げて見せたのは、下敷きにクリップで止められた、名前らしきものがずらりと並んだ紙。
 
シンは目をすがめながら
 
「………名簿、ですか?」
「当たり。この名簿は今日入寮予定の人の名前が載ってるんだけど、君のところだけチェックがついてないんだ」
「私の方はステラさんのところだけついてませんの」
 
ラクスもそう言いながら名簿を見せる。
 
チェックがついていない。
 
つまり。
 
「俺たちが最後ですか!?」
「その通り」
 
だから名前がわかったんだよ、とキラは笑う。
だがシンは笑えない。
 
「お、遅くなってすみませんでした!」
 
深々と頭を下げる。
きっとキラとラクスはずっとシンとステラを待っていたのだ。
だから寮の敷地に入ってすぐ、話しかけてきたのだろう。
 
長い間待たせたのかもしれないという申し訳なさから、シンは謝罪する。
そんなシンの様を見て、ステラも目を瞬きつつ、ぺこりと頭を下げた。
 
「すみません、でした………」
 
ラクスはあらあらと笑う。
 
「いいんですのよ、お二人とも。お気になさらず」
「そうだよ、気にしないで。ほら、頭を上げて。寮の中に入ろう」
 
そう言われ、シンは遠慮がちに頭を上げた。
 
「はい、ありがとうございます」
 
優しい二人の寮長に、シンはほっと安堵する。
 
「よかったな、ステ………ラ?」
 
笑いながらステラを見遣ったシンは、ぴたりと動きを止めた。
目を瞬かせる。
 
「ステラ?もう頭上げてもいいって………」
 
ステラは頭を下げたまま微動だにしていなかった。
シンに声をかけられ、ゆっくりと頭を上げる。
 
「………え?」
 
もう、いいの?
 
きょとんとそう尋ねてくるステラに、シンは薄ら笑いで頷いた。
 
「うん、いいって」
「………そう」
「うん」
 
シンは、薄々ステラという少女が見えてきた、気がした。
 
ステラは少し人と違うテンポを持っているようだ。
いや、違う時間を過ごしている、と言ったほうがいいかもしれない。
常識の感覚に囚われずにいるんだ、とシンは思った。
 
そしてそれはステラにぴったりだとも思った。
 
 
 
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