02 始まりの朝
軽やかな電子音が、響き始めた。
ピピッピピッ
………うるさい
シンは不快そうに顔を歪め、もぞもぞと逃れるように布団に潜り込んだ。
それでも、電子音は音を大きくしシンを追いかけてくる。
ピピッピピッピピッピピッピ……………
急に電子音が消えた。
あ……しずかに……なった…………
まだ、寝れる………
シンはなぜ止まったのかは深く考えず、幸運とばかりにもう一度夢の中に入っていこうとした。
しかし。
それは叶うことなく。
「起きろ」
そんなぶっきらぼうな言葉と声が響くとともに、布団を剥ぎ取られた。
途端に、シンの体は朝のひやりとした空気に纏われる。
春といえど、早朝はまだ冷えるのだ。
体を震わせ、シンは瞼を開いた。
のそりと起き上がりながら眉を寄せ、じとりと自分を夢から覚まさせたルームメートを睨む。
「何すんだよぉ………レイ……」
文句を言うシンに、ルームメート、レイは無表情のまま腕を組んだ。
「うるさい目覚ましを止めて、お前を起こしただけだ」
「………目覚まし?」
あぁ、あの音目覚ましだったのかぁ…………
などと、シンは寝ぼけた頭で思う。
そうか、目覚まし………目覚まし………?
「って、今何時!?」
「八時」
淡白に、レイは答える。
その答えに、シンはベッドから飛び起きた。
「八時!?うそ、俺七時半に起きるつもりだったのにっ」
「目覚ましの設定間違えたな」
淡白に、レイは指摘する。
そんなレイにシンは一瞬むっとするものの、悪いのは自分なので口を尖らすだけで我慢した。
「レイ、お前何時に起きた?」
「七時」
「………そりゃ、余裕で準備できてるわけだ」
レイはきちんとノリのきいた制服を着用しており、洗顔等も完璧といった感じだった。
よれよれのスウェットにジャージで、髪はボサボサのシンとは大違いだ。
「シン、俺は先に食堂に行っている。初日からの遅刻が嫌なら、すぐに下りて来い」
「わかってるよっ」
少しむくれた声音でそう返事を返しながら、シンはバタバタと部屋中を走り回る。
そんなシンを横目で見遣りながら、レイは息をつき、静かに部屋から出ていった。
本日は種定高校入学式。
シンやレイなどの新入生が種定高校の一員となる日だ。
式は九時半開始だが、その前にクラス分けとHRがある。
そしてそれは八時四十五分からだった。
ここ、種定高校学生寮から学校までは五分。
まだ十分間に合うと言えば間に合うが、やはり高校生活初日。
余裕を持って登校し、新しいクラスメートとゆっくり話す時間も欲しい。
と、シンは思っており、出来れば八時二十分くらいには寮を出たいと考えていた。
そして、現在八時五分。
後十五分で用意し、食堂で朝食を取らなくてはいけない。
シンは洗面所に駆け込み、わしゃわしゃと顔を洗って歯を磨く。髪は適当に撫で付けるだけだ。
洗面所から飛び出し、ハンガーに掛けてあった真新しい制服に手を伸ばした。
カッターシャツを着て、ズボンを履きベルトを締める。
赤いネクタイを手にし、そのまま襟元に持っていき…………
「………あれ?」
シンはぴたりと動きを止めた。ネクタイの両端を両手で掴んだまま、首を傾げる。
「これって……どうやって結ぶんだっけ?」
中学時代は学ランだったので、ネクタイには免疫のないシンであった。
あぁでもない、こうでもない。
シンはネクタイを適当に交差させたり結んだりするが、一向に出来あがる気配はない。
そんなことをしているうちに、どんどん時間が削られていく。
「………あぁ、もぅいい!後で誰かに教えてもらえばいいやっ」
シンはそう決め、ブレザーをひっ掴むと首にネクタイをぶら下げたまま踵を返した。
乱暴にドアを開け、廊下に出る。そのままブレザーに腕を通しつつ階段を駆け下り始めた。
この常盤寮は学年ごとに各階に部屋割りされており、シンたち一年生は一番上の四階に部屋があった。
ちなみに食堂は一階にある。
三階、二階と通りすぎていき、最後の階段に足を駆けたその時。
「こら、階段を走らない」
怪我するよ
という、穏やかだが注意の声が後ろからかけられた。
シンはぎくりと肩を震わせ、足を止める。恐る恐る振り返った先には………
「……キラ、先輩………?」
常盤寮の寮長、キラがいた。
キラはシンに向かってにっこりと笑いかける。
「おはよう、シン」
「あ、おはようごいます」
にへらと笑い返しながら、シンは軽く頭を下げた。
キラはゆっくりとした動きで階段を下りてくる。
「そんなに急いで、寝坊でもした?」
「………はい」
シンはうなだれ気味になりながら頭を掻いた。恥ずかしさからほんの少し、頬が赤くなっている。
キラはくすくすと笑った。
「まだ時間に余裕はあると思うけど。やっぱり、こういう日は早く学校に行きたいよね」
僕も一年生の時そうだったなぁ、とキラは懐かしそうに口にする。
すると、ふいに目を瞬きながら、首を傾げた。
「シン、ネクタイが結べていないよ」
首にぶら下げられたままの赤いネクタイを指差さされ、シンはうっと詰まる。
「え、えーと、これは……その……」
もごもごと言いよどむシンにキラはあ、と声を上げた。
「もしかして、結べないの?」
「…………はい」
シンはまたもやうなだれた。
ネクタイ一つ結べない自分が情けなく恥ずかしい。
キラはふっと笑うと、おもむろに自分の襟元を飾るネクタイを解いた。
そして目を丸くするシンに、
「よく見ておくんだよ」
と言って、もう一度ネクタイを結び始める。
丁寧に、ゆっくりと。
そしてあっという間に、綺麗な形のネクタイが完成した。
シンはおぉ、と小さく感嘆する。
「そうやるんですねっ」
「うん、シンもやってみなよ」
「はいっ」
こくりと頷き、シンは不慣れな手つきながらもちまちまとネクタイを結んでいく。
そして、何とかちゃんとした形の赤いネクタイとなった。
シンはぱぁっと顔を輝かせる。
「できた!できました、先輩!」
嬉しそうに笑うシンに、キラは穏やかな笑みを浮かべた。
「よかったね」
「はい、ありがとうございます!………あれ?」
そういえば………
とシンは首を傾げる。
「先輩のネクタイは紺なんですね」
自分の赤いネクタイと、キラの紺色のネクタイをシンは見比べた。
キラはあぁ、と頷く。
「学年ごとに色が違うんだよ。三年生は紺、一年生は赤で二年生は緑だったかな」
「そうなんですか」
「うん、女子もリボンの色が同じように分けられているよ」
なるほど、とシンは相槌を打つ。
「凝ってますねー」
「うん、そうだね。って、そういえばシン」
「はい?」
「君、急いでたんじゃなかったけ?」
引きとめた僕が言うのもなんだけど………
とキラは乾いた笑いを漏らす。
シンはえ、と目を瞬き…………
「あぁ――――!」
と絶叫した。
慌てて袖をめくり、腕時計を見る。
現在の時刻、八時半。
出発予定時刻を十分オーバーしている。
それどころか、あと十分で朝食を食べ終えなければ遅刻してしまう。
「せ、先輩、失礼します!」
がばっと頭を下げ、シンは踵を返した。
だんだんだん、と音をさせ階段を駆け下りていく。
先程キラに注意されたことを、パニックのあまりすっかり忘れてしまっていた。
そんなシンの背中を見送りながらキラは苦笑する。
「まぁ、今回は見逃してあげよう」
さて、僕も学校に行こうかな。
キラは軽く伸びをすると、ゆっくり階段を下りていった。
END
‐あとがき‐
誰だ、次は入学ですv
とか嘘ついたのは。
誰だ、他キャラも出てくるv
とか嘘ついたのは。
私です。えぇ私ですョ!!(何この人)
キラが思った以上に出張っちゃいました。
でもネクタイ結びのレクチャーは絶対書きたかったんで、外せませんでした。
先輩後輩関係好きvv
でもちょっとですがレイは出せました。
種デス同様、シンとレイは同室です。ルームメート♪
さぁ、次こそは舞台を学校に!学校に!!
でも入学式までできるか謎!!(ぉ)
UP:05.01.20